銀色の、はるかな道

うだうだを、うだうだと。(基本 週1更新)

健康診断は空腹必須か否か、その確認が必要だ。

9月。
ついに骨髄ドナーの健康診断をすることになった。

場所は郊外の病院。
職場のみんなにはドナーであることは一部を除いて公表していないため、事情を知らない人々は有給で1日休めという優しさを見せていた。 

のっちさんは困る。
職場から郊外の病院に行くと一本で行ける、が、のっちさんの自宅から行くとなると乗り継ぎ運賃がプラスされる。
で、それを払うのは骨髄バンク。のっちさんも優しさが働いた。
結果、行きは会社から病院へ。帰りは病院から自宅へ。つまり会社には定時出勤の早引け。

のっちさんはみんなに見送られ病院に向かった。

 

病院に向かった時、のっちさんは空腹を感じた。
お昼前。食べたい!食べたい!
空腹のあまり挙動不審になりつつコーディネーターの女性を探した。
『黄色い封筒もってます』
空腹なので思考回路も省エネモード。受付の人に聞く、ボランティアの女性に絡みそうになる。空腹やべえ。

 

そうしているうちにコーディネーターの方が来た。
まず、今日の日程詳細の説明を受ける。
ドナーハンドブックに基づく説明、1時間。
その後身長体重血圧、血液検査、1時間。
そこで思わずついて出た言葉は
『今、お腹空いてるんですけど、この検査って事前の食事はだめでしたっけ…』
コーディネーターは
『あ、言うの忘れてた。食事は大丈夫ですよ。食べてからやりますか』
のっちさんは大丈夫です、診断が終わってから食べますよ、と言ったらしい。

 

最初はドナーハンドブックの説明について。
『はいはいわかります、大丈夫です、すっとばして健康診断にいってもかまいません』
と、空腹は言わせようとするが、そこはぐっとこらえ説明を聞く。

 

のっちさんは今回骨髄提供のみ希望。骨髄移植の必要性、骨髄移植で重要な白血球のHLA型の話から本日の健康診断、ドナー決定の最終面談、決定後の健康診断、骨髄移植

骨髄移植で、のっちさんは麻酔時気道確保の巨大鉗子写真を見せられた。
無理です、わたしむせます、
と言った。


巨大鉗子を気道に入れて麻酔するもんだと思ったらしい。大丈夫、麻酔は点滴でやるから。その後に鉗子で気道を開く。

ほっとしたのもつかの間、骨髄移植のために事前に自分の血液を取って輸血することもある。
『すいませんこの輸血の後で献血できなくなることってありますか』
自分の血液の輸血だから大丈夫。

骨髄はもちろん骨の中にあるが、いくら太い注射針でも5ミリリットル程度しか採取できない。いくら太い骨が腰の部分にあるとしても、両脇二人掛かりで何度も何度も*1取る。
腰骨の注射針は角度を変えつつ何度も骨髄を狙う。
『その、骨髄採取のために何度も針をさした結果、骨がもろくなることはありますか?』
あとで医師に聞いてください。

 

ちなみにのっちさんが一番ショックを受けたのは骨髄採取日の入院二日目の絶食、浣腸、尿道カテーテルよりも、骨髄採取後は取り敢えず仰向けになってもらいます*2。後元気になったから、売店などにうろうろしないでね、という注意の方だった*3
また、骨髄採取で遺伝子情報も知ることができるらしい。お願いしますと言いそうになったが、これは決まってからの我慢。

 

ここで医者登場。問診開始。
持参していたお薬手帳を見せる。
そこで医者はある記載に気づく。
『あれ、皮膚科に通ってたんだね』
『当時強いアルコールに触っててかぶれたんです』
献血の消毒液でかゆくなる?』
のっちさんが頷いた後に医者はコーディネーターにアルコール過敏の確認を依頼した。

コーディネーター退出。

問診に戻る。
『で、お酒は飲むの?』
『飲めることは飲めますけど、食べ物と一緒じゃないと無理です。後、飲んだ後鬱っぽくなります』
『アルコール過敏な人は酒も弱いはずなんだけどなー』
医者は笑っていた。

 

『後妊娠』
『ないですっ』
『ピル』
『今はないです。生理が止まった時にピルか漢方か迫られて年齢を考えて漢方を選んだので』

 

ここでのっちさん。
『遺伝子情報が通知されるってことですが、うち祖母がリウマチだったんですけど、それがわかりますかね』
『遺伝子情報ではリウマチが発症するまではわからないから大丈夫ですよ』
『後、骨髄採取で骨に何度も針刺すけど大丈夫ですかね』
『確かに何度も骨に指して穴があくし痛みは発生するけど、それで骨折する事はない』
『後人よりむせやすくて気道にもの入れるのが怖いんです』
『気道反射が強いようなら気道に器具を入れることより出した時にむせたりすることはあるかもしれないね』
『本とかネットみながらパン食べると詰まるんです』
『当たり前ですよ、それ』

 

医師は血圧、心音、骨髄採取部分*4の状況を確認し、異常ないことを確認した。

コーディネーターが戻り、アルコール過敏も気にする必要なし、という報告も受け、身長体重測定と血液採取して、今日は解散。

すぐさま病院の食堂に駆け込み昼食にありついた。

 

 

『最後にご飯食べたのいつ?』
『朝ご飯だったから、6時間前です…』
その1時間後、のっちさんは悠々と定食を食べていた。

*1:骨髄移植は 患者の体重*15ミリリットルの骨髄が必要になる

*2:骨髄採取後の刺し傷を自分の体重をかけて圧迫するため

*3:この記述でのっちさんがどんな性格かわかってもらえると幸いです

*4:医師によると事前に確認せずドナー決定後に傷があったことに気づかなかったことがあったため

泊まる場所で運命は決まるんだ・・・たのしい関西旅行その1

大阪に行って来た。

友人が宝塚を見たいとだだこねたもんだから、仕方なくチケット手配して一緒に見ることにした。友人一人で行けばと言うと・・・無理!

友人。独身。49歳男性。痩せ型。洋服のセンスと狭小な心を克服すれば恋人どころか結婚できるだろうとのっちさんは思ってる。

そんな友人と落ちあい宝塚に行ってきた。終わり。

だけでは意味が無いので、話を続ける。

 

7月。目的のチケットを入手したのっちさん。

そこで友人に報告。

友人は観劇日時、飛行機の発着日時、ホテルの場所を確認した後、一瞬無言になり、

「てめえ、なんで俺と同じホテルとるんだよ」

いや、一番安いホテルがそれだったんだよ。てかお前よりはやく取ってたんだよ。

そう言ったら納得してくれた。嘘じゃない。事実。

 

その1か月後の8月26日、のっちさんは伊丹空港に向かった。

伊丹空港に降り立った後、ホテルで待機する友人に連絡し、今から向かう旨伝えた。

ホテルで合流し、蛍池から十三に向かう。時計は14時30分。

「おれさー、十三でアレを見たかったんだよね。でも阪急電車って窓に目張りあるから見られなかったんだよ」

 友人が見たかったもの。それはビジネスホテルOK

本来泊まるはずだったのだが、レビューを読んだ49歳男子は、安さよりも安心感を選んだ結果、のっちさんと同じホテルに泊まることになった。

しかし、二人は十三を降りてビジネスホテルOKを見ることはなかった。

遅い昼ご飯を食べるためにビジネスホテルOKに背を向けて、JR塚本駅方面に歩いて行った。二人はそれに気づかず、歩いて行った。

風俗街、学校、飲み屋街を越えてガード下。だいたい30分ぐらい。

遂に昼ご飯を食べる場所を見つけた。

月一の痛みがなぜ首に来るのかそれは冷え性だからだ

首痛ええええ

と今日は朝早く目覚めた。

首を曲げるのが辛いほど痛い。首が痛くなるのは寒い時期だけだと思ったらそうでもなかったことがショックだった。

首痛い痛いと職場に行った。

なんで昨日お風呂に入らなかったんだ。

そうだ、風呂に入ろうと追い炊きしたけれど時間経ちすぎて熱湯が出来上がったんだ。

水入れても熱湯は熱湯で、結局脚にかける程度に終わったんだっけ。

帰ってからも首痛かったので、風呂を沸かしてゆっくり入ったら首の痛みが少し引いた。

そういえば、職場に骨髄バンクから電話が来た。なんと首の話だった。

先日送った首の痛みにチェックを入れたところ内容を詳しく聞かせてくれ。とのことだったので、2年前(もしかしたら3年前)の冬に首に鋭い痛みを感じたので、整形外科や整骨院に行ったことを話した。

その時はストレートネックで異常は無かったことと、それ以来整形外科にかかっていないことを話した。

首の痛みがあるようだったら、医師の判断の結果、今回の候補から外されることもあるそうだ。なんで今日痛むんだよ俺の首!

ついでにスケジュールを確認した。健康診断と骨髄採取は地元の病院で実施。

「例えば、沖縄で移植患者が待っているときでも大丈夫ですか」

「大丈夫です、採取後当日中に沖縄までそれ専用のジェット飛ばします」

 すげえと感心しつつ、もう一つ質問した。

「家族との最終面談に進んだ場合、家族の居る実家の病院で行うことは可能ですか」

大丈夫です。だそうだ。

実家の病院で家族水入らずか。親孝行しとかないと。とりあえず明日も生きよう。

 

(8月25日(木)12:47追記)

骨髄バンクさんから連絡ありまして、

無事健康診断に進むことになりました。

近日中にまた日程が出るそうで。ふー。

貧血とか月経とか

骨髄提供にかかるアンケートで病気の既往歴を書く欄があった。

のっちさんはすべてチェックが入らない健康体、と言いたいところであるが、

「貧血」の欄にはチェックを入れてしまう。

 

のっちさんは献血を100回以上やっているが、10回程度はヘモグロビン量が低く門前払いされることがある。

小学校5年からの貧血検査から「(ヘモグロビン量は)通常より低い」と言われ続けてきた。

といいつつも大学時代からは献血によく通っていた。近くに献血ルーム、そして3時間ぐらい時間があれば確実に通う。スケジュールも献血に合わせていたと思う。そしてヘモグロビン量が低くてもできる血漿献血オンリー*1。で終わった後はお菓子や清涼飲料水をたらふく飲み食いしていた。

 

そんなのっちさんは身体にもう一つ危険を抱えている。月経不順。

大学時代に長時間入浴ダイエットで体重を落としてから引っ越した先々で月経不順を最低1回引き起こしている。そのためホルモン剤や漢方のお世話にもなった。

現在は月経はきちんと1か月周期であるが、ここ数年は量が増えた。

去年の夏までは量が多い時期は夜用薄型で日中を乗り越えようとしたところ、モレが数度発生したので吸収力と厚みのある夜用に切り替えた。

が、今年の6月にそれでもモレが発生してしまった。しかも外に染み出るくらいの量。

もう夜用でもダメだと思った時に、この商品を見つけた。

www.elleair.jp

夜用の5倍の吸収力という触れ込みを聞き、探したところ地元の量販店では売っていないのでネット注文。

6月には間に合わなかったので7月で試してみた。

たしかに夜用5倍の吸収力とうたっているだけに収納にはかさばる。

でも、つけてる時は生理だ、という感覚はなかった。

確かに経血量は多いのだが、お腹に溜まって痛くなることはなかった。

ありがとう、エリエール。

 

そう言えば6月の月経の際に行きつけの婦人科に駆け込んだんだっけ。

そん時血液検査もして貰って、その上医師は基礎体温つけろって言ってたな。

体温が高温で一定してると無排卵によって内膜がどんどんふくれあがって経血が大量になる。そして、大量の出血によって貧血を引き起こす。

6月の血液検査では献血ができない程度のヘモグロビン量。

鉄分とらなきゃなあ、と考えるのっちさんだった。

*1:日本赤十字社の献血基準によると、通常では12.0g/dl以上であれば可能であるが、女性で赤血球指数が標準域の場合ならば11.5g/dl以上でも可。ただし、一部の都道府県(確認できたのは新潟愛知)では12.0g/dl以上とされている。

そんな小さな野望なんて

 

nocchi77.hatenablog.comの最後に

家族の支えを元に、のっちさんはある野望を実行しようと考えていた。

のある野望って何?と言われそうだけど、なんてことはない。

 

のっちさんの職場では有給休暇と別にドナー休暇が取れる。

それを初めて知ったとき、ドナーをよりやってみたいと思った。

職場では誰もドナー休暇を取った人間が居ない。俺って先駆者?

ニヤニヤしながら送られてきたハンドブック*1に書いてあるドナーに至るまでのスケジュールを見返す。

 

ドナー候補者への健康診断

(アンケート提出後2週間後、1~2時間程度)

ドナー決定者の家族を含めての最終面談

(健康診断後1~2か月後、1~2時間程度)

ドナー決定者への健康診断

(早ければ面談後1か月後、1~2時間程度)

骨髄提供

(健康診断後1か月後、3泊4日程度)

その後の健康診断

*2

 

ドナーってものを軽く考えてたよ俺。

てかドナー休暇ってここまで取れるのか?

まさか骨髄提供部分のみになるのか?

と疑心暗鬼になったので次の日職場に行って

まず、一人の上司と2人っきりでドナー候補決定について話した。

上司は軽く「いいよ」と言った。

 

そして、休暇について職場の人事係に相談メールを送った。

スケジュールを踏まえての休暇の範囲、

そしてドナーになれなかったときはドナー休暇を有給休暇に振り替えなければならないのかを一生懸命詳しく書いた。

 

退勤1時間前、その返信が来ていた。

骨髄提供が終わるまでは検査も含めてドナー休暇が取れる、ということだった。

もっと時間がかかるかなと思ったがあっさり回答が来たので少し拍子抜けした。

そのメールを確認した後、書き終えたアンケートを骨髄バンクあてに郵送した。

 

*1:pdf版はこちら

*2:矢印は決定及び実行後

すべてはそこからはじまった

6月某日、のっちさん宅に福岡の血液センターからの郵便物が届いた。

骨髄バンクに以前登録頂きありがとうございます。

大変申し訳ありませんが再度採血をお願いできませんでしょうか。という内容だった。

2004年当時に住んでいた福岡で登録して約12年・・・

 

大丈夫だよ、

これまで骨髄バンクからドナーの提供申し出来てないから採血ぐらいなら大丈夫さ!

程度の気持ちで7月3日の昼食時、近くの献血ルームで採血してきた。

「それじゃあ献血は?」「・・・結構です」

この後のっちさん、イベントに参加するんだもん。献血で時間とられる、もしくは血液取り過ぎて倒れるの怖いもん。

と採血した後お菓子食べてイベント会場に向かった。

それから1か月後の8月18日。

のっちさんのおうちのポストに骨髄バンクから「親展」と書かれた書類が届いていた。

これはちょっと大事だぞ、と開いたら、「骨髄ドナーのお知らせ」なるものが入っていた。(他にドナーハンドブックと健康状況アンケート)

 

10年以上も無縁で生活したんだぞ、54までドナー登録したけど何も無かったです

という展開を希望していたがそれは叶わなかったようだ。

親に話したところ父親はのっちさんの意志を尊重してくれた。

母親は父親の意見を支持することを表明してくれた。

家族の支えを元に、のっちさんはある野望を実行しようと考えていた。

 

(余談)

これを書いた約10か月後、この記事に誤りがあったことに気づきました。

くわしくはこちら。

nocchi77.hatenablog.com