湖を見失った白鳥は
2週間前、のっちさんは異様に高揚していた。
骨髄移植、初めての入院。誰でも体験できないようなことに心躍らせていた。
その時の血液検査で血中のヘモグロビンが低いと言われても
まだ未知の体験への希望はつないでいた。
そして、その1週間後、血液再検査をした後に医師からこう言われた。
「大変申し訳ありません。ヘモグロビンが前回より低くなってます。この血液状態だと骨髄移植はドナーの健康状態から見て危険です。一年間ドナーコーディネートは保留という形を取らせていただきます」
直後、のっちさんは目の前が真っ暗になった。
つまり骨髄移植終了。
空から真っ逆さまに突き落とされた感じだった。
病院から出て、会社にも報告。それから改めて休暇を取った。
それからデパートで彷徨った。
デパートの商品群が自分に買って買ってと微笑んでいるように見えた。
本当なら、この中の一つ、骨髄移植ガンバレわたし、で買ってたのになあ。
泣きたかった。
いつもはヘモグロビンは平常なのに、なんでここぞとばかりに平常以下の数値が出るの?だれのせいでもないけど、悔しかった。
ふらふらと彷徨った先に「傾聴ボランティア」なる小部屋をみつけた。
思わず入ってしまった。
そこには2人のおばちゃんが話を聞きたそうに机で待っていた。
そしてのっちさんは話した。会社のでのダメっぷり。わたしなんか居ない方がいい、仕事がもっとできるようになりたい、と恨みたっぷりに話していた。そこから、おばちゃんたちが言った。
「大変ねえ、あなた、休みにやるような趣味があるの?」
趣味。ありますあります。マニアックですけどねー。
と勢いよく喋り続けたら、2人のおばちゃんは私の顔を見て
「あなた、さっきの会社の話と打って変わってめがすっごく輝いてるわね」
と。
え?え?
結局おばちゃんたちに励まされて1時間ぐらい話していた。
少しは気分よくなったようだ。
と言うわけで、貧血症状発覚なのでドナーは1年間お預けです。
でも、ドナーコーディネート再開までにヘモグロビン値を女性の正常範囲まであげておく
という目標もできた。
次の日、ずっと行きたかった職場近くの飲み屋に行った。
たらふく食べてガンバレ私と心の中で言い続けた。今度はドナーになれるといいね。